
「一度は諦めた歯科衛生士の道。でも、今はここが私の居場所だと胸を張って言えます」
そう語るのは、結婚・出産を機に約17年間もの長いブランクを経て、訪問歯科の現場に復帰した田中(仮名)さん。かつては外来歯科医院で患者と向き合い、日々忙しく働いていたが、出産を機に家庭に入り、子育てに専念してきたそうです。
そんな彼女が歯科衛生士として再出発の場所として選んだのが、住宅型有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)など、高齢者施設を訪問する「訪問歯科」の現場、大阪市住之江区の医療法人海真会おおしまデンタルクリニックでした。
歯科衛生士の仕事は、もう私には無理かもしれない

ずっと心のどこかで、“歯科衛生士に戻りたい”という想いはあったんです。でも、17年という時間は思った以上に重たくて、再び現場に立つ自信が持てませんでした。
田中さんがそう打ち明けてくれたのは、インタビューの冒頭でした。
育児がひと段落し、ふと自身のキャリアについて考え直す時間ができた頃。求人サイトで偶然見つけた「訪問歯科衛生士募集」の文字に、心が少しだけ動いたそうです。

勤務時間が短めで、ブランクがあってもOKという文言に“もしかしたら私でも…”と思ったんです。
再就職への一歩を踏み出すには勇気が要ったそうですが、背中を押してくれたのは“また誰かの役に立てるかもしれない”という希望だったとインタビューに答えられておりました。。
初めての訪問診療、不安と緊張のスタート。
面接時に「最初は先輩衛生士が同行しますから安心してください」と言われたものの、やはり不安は拭いきれなかったそうです。

器具の使い方や感染対策、記録の書き方など、全部が変わっていました。正直、1週間目は毎日落ち込みました。
訪問先は、グループ会社の株式会社BISCUSSが運営する住宅型有料老人ホームHIBISU(ハイビス)。
朝は事務所で器具を準備し、チームで施設を訪問。口腔ケアや義歯の清掃、簡単な口腔リハビリ、そして医師の補助を行う流れでした。

現場で使う道具も外来と全然違って、軽量化されていたりポータブル仕様だったりと驚くことばかり。手際よくこなす先輩に圧倒されながら、必死でメモを取っていました
「ありがとう」の一言が、涙が出るほど嬉しかった
そんな田中さんを大きく変えたのは、ある入居者との出会いでした。

その方は認知症が進行していて、最初は私のこともわからなかったんです。でも、何度も訪問するうちに、私の手を握って“ありがとう、また来てね”って言ってくれたんです。
たった一言。でも、それがどれだけ励みになったかは想像できます。

自分が誰かの役に立てているって、肌で感じた瞬間でした。涙が出るくらい、嬉しかったんです。
それからというもの、田中さんは訪問のたびに、患者との“関係性”を大切にするようになったそうです。
口腔ケアの手を止めて少し世間話をしたり、体調の変化に気づいたらすぐに施設スタッフに共有するようになったとおっしゃっていました。
日々の変化に気づく力が、ケアの質を高める

高齢の方は、本当に些細な変化が体調のバロメーターになります。口の中にいつもと違う乾燥があるとか、舌の動きが鈍ってきたとか、そういった“気づき”が、早期の対応につながることもあるんです。
田中さんは、毎日の記録を丁寧に書き、施設のスタッフとの連携を怠らない。ときには「今日、食事が進まなかったようです」といったスタッフの一言が、重大な変化のサインであることも。

まさにチーム医療だな、と感じます。
訪問歯科は歯科医師や衛生士だけのものではない、
- 介護スタッフ
- ケアマネジャー
- 栄養士など
多くの職種が連携して一人の生活を支えていると感じているそうです。
子育てと仕事の両立もできた新しい働き方
訪問歯科を選んだもう一つの理由、それは「家庭との両立」だったそうです。

週3日の時短勤務から始めさせてもらって、子どもが小学校に上がってからは徐々に日数を増やしました。働く時間に融通が利くのは本当にありがたかったです
フルタイム復帰に不安がある歯科衛生士にとって、訪問歯科は「再出発」の可能性を広げてくれる場だと答えておられました。
歯科衛生士として、もう一度“誇れる自分”になれた
現在、田中さんはチームの中心メンバーとして後輩の指導にも関わっています。自身が復職時に支えてもらった経験が、次の世代を支える力に変わったと言っています。

“ブランクがあるから無理”って諦めないでほしい。訪問歯科には、もう一度“誰かの役に立つ喜び”を実感できる現場があります。
最後に田中さんはこう語ってくれました。

自分が歯科衛生士であることを、今は心から誇りに思えるんです。
事務長からの一言
高齢化が進む現代社会。通院が難しい人々にとって、自宅や施設に訪問してくれる歯科衛生士の存在は、口腔の健康を守るだけでなく、“生活”そのものを支える力となっています。
ブランクからの復帰という道のりを経て、田中さんは“新しい歯科衛生士のかたち”を私たちに見せてくれたと感じています。